--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2012-07-12

正しさとは

最近読んだ「12の菩提心」高橋佳子 著から
すごいなと思ったところをご紹介します。

とらわれやこだわりが人の心の中に生じるのは
なぜなのでしょうか。
とらわれやこだわりとは、一言で言えば、「正しさ」への
固執ということができるでしょう。
その根にあるのは、「自分は正しく、相手は間違っている」という想いです。
とらわれやこだわりを洗い流すとは、その想いを超えるということです。
ただそれは、単純にその想いが誤っていると認めるということではありません。
なぜなら、人が感じている「正しさ」には何らかの根拠があり
たとえ傍目にどんなに自分勝手な見方に思えても
当人にとっては正しいこと以外の何ものでもないからです。
万人が「おかしい」と思っても、「自分を守る」という生物の本能からすれば、
一面の「正しさ」を持っているともいえるでしょう。
つまり、「正しさ」には段階があり
人は誰もがいずれかの段階の「正しさ」を抱いていて
とらわれやこだわりは、自分が抱いている「正しさ」に固執する
ということなのです。
ならば、とらわれやこだわりを洗い流すとは
この「正しさ」を深化させてゆくということではないでしょうか。
自分が守ろうとしている「正しさ」を見つめ、自分が抱いている「正しさ」には閉じこもらずに
その垣根を越えて、次の段階の「正しさ」を
受け入れてゆくということです。
 例えば、自分だけではなく
相手も認める「正しさ」を求めてゆく。
自分や家族、仲間だけが認める「正しさ」から
周囲の立場の違う人たちのことも考えた「正しさ」を
さらには地域も違う人たちのことも考えた「正しさ」
私たちが生きているこの時代だけではなく
遠い昔から遥かな未来に至る多くの人たちのことを考え
その人たちに対する責任を抱いた「正しさ」を求めてゆくのです。

自分中心の、快苦に基づく「正しさ」
や利害に基づく「正しさ」から
事実に基づく正確さという「正しさ」へ
さらには他を生かす「正しさ」に向かう
深化のプロセス(過程)なのです。
スポンサーサイト
プロフィール

マサヒロ

Author:マサヒロ
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。